デンマークの教育と生産性、国際競争力   (20240905)

1.デンマークにおける教育と生涯所得について

デンマークの2023年末のおける国の借金額は国民総生産額に対し10.5%で、欧州27国中では4番目に多い国になっています。国民総生産額に対しデンマークより借金が少ない国はエストニア、ブリガリア、ルクセンブルクの3か国です。一方2023年度のデンマークの財政黒字額は国民総生産に対し3.1%の871億クローネ*でEU諸国内ではもっとも多くなっています。

デンマークの国の財政を支えている背景には、雇用者と労働組合が世界の経済市場の動向に合わせ必要とする人材育成を国に働きかけ、国が教育費を負担し労働市場に最新の技術を得た生産性の高い就労者を送り出しているためだと思います。* 1クローネ約22

今年(20248月)何らかの職業に就くための教育を受けるため61,351人が進学しました。これらの人たちが選んだ職種別教育機関は数多くあり、国の教育費の負担額も職種によって大きな違いがあります。例えば、社会福祉要員一人当たりを育成するための教育費は18万クローネですが、大学での専門教育に進学した一人当たりの教育費は30万~78万クローネになっています。

国民の教育費は国の予算(税金)で賄っているため、教育費として投資したお金(国家予算)に対し、見返り(生産性)がどれだけあるのか、納税者は知る権利があります。そのようなこともあってか、今年(20248)デンマークの労働組合(AE)*が教育費と職種別生涯所得に関しての数値を報告しました。そのことについて概要をお知らせします。

 

* AE= Arbejderbevægelsens Erhvervsråd 仮訳:労働運動評議会、報告書のタイトル:Livsindkomster 8.august 2024, (仮訳202488日付け生涯所得)

 

1. 職業教育費と職種別生涯所得 単位:クローネ

 

職種

教育費

一人当り

生涯所得額

18歳~80歳)

平均

180,000

1,940

電気工

 

2,430

大工&建具屋

 

2,180

機械整備工

 

2,230

鍛冶屋&鉄工屋

 

2,150

事務員

 

1,880

食肉解体工、製パン工

 

1,830

社会福祉要員

 

1,610

教育費に対する生涯所得額の割合 ()

 

1,940 万÷18万=約108

表1は国が職人一人あたり育成するために教育費として18万クローネ拠出しますが、結果としてその職人が生涯社会に約108倍の所得をもたらしているということです。なお、生涯所得金額には年金の積立金も含めた額です。():所得平均値を基に筆者算出

 

上記の中で電気工の資格を得るための例で見ますと、電気工になるための教育期間は4年~4.5年です。教育期間は通学と職場における実習に分けられ、5560週間は学校で学び、148168週間は職場での実習を通して学びます。国の負担額は一人当たり18万クローネですが、実習期間中は職場から見習い給料が出ますので、その間は国からの生活費は支給されません。実習期間中に出る給料は労使間で決められ数年単位で調整され、その額は以下の通りです。

・職業教育期間中に置ける見習い給料額(20243月)月額税込み

1年生:12,778クローネ 281,000

2年生:14,242

3年生:15,670

4年生:16,976

資格を得た電気工事職人の時給については、20247月現在、520クローネに消費税25%加算された額520 × 1.25=533kr. (11,726) となっています。つまり、資格を得た電気工事職人に何等かの業務を依頼しますと、労賃の消費税込みの請求額が時給約日本円で12,000円になるということです。

 

表2.職業専門職、単位クローネ

 

職種

教育費

一人当たり

生涯所得額

平均

300,000

2,290

水道、ガス工事職

 

2,660

金融、通商、市場経済職

 

2,410

警察、刑務所職員

 

2,060

教育費に対する生涯

所得額の割合

 

2,290万÷30万=

76

2.デンマークの警察や刑務所職員の教育費は水道・ガス工事職員の教育と同じ投資額となっていますが、生涯における所得額は水道・ガス職人の方が多くなっています。教育額に達し得られる所得額の割合は約76倍になっています。

 

表3.学士(中期高等教育取得者)単位:クローネ

職種

教育費

一人当たり

社会経済的面の

生涯収益額

平均

550,000

 2,200

工学学士など

 

2,950

小中学校の教員

 

2,020

看護師

 

2,030

児童教育者(注)

 

1,660

教育費に対する

生涯所得額の割合

 

2,200万÷55万=

40

()Pædagog英訳Pedagogue

表3で見る通りデンマークでは看護師と小中学校の先生の生涯所得額がほぼ同じになっています。理由は看護師の人材不足を補うため国が看護師の労賃を引き上げたためです。2024年デンマーク全国における看護師の年金積立金を含めた税込み平均月額給料は37,881クローネ(約83万円)と言われています。この給与額は年収にしますと約45万5千クローネとなり、そして40年間先までに得られる税込みの推定所得総額が2,030万クローネと見込まれています。

 

表4.長期高等教育取得者(修士課程修了)単位:クローネ

 

職種

教育費

一人当たり

生涯所得額

平均

780,000

3,250

文系

 

2,220

自然科学

 

2,900

産業経済

 

3,770

工学

 

3,640

医学

 

4,760

教育費に対する

所得額の割合

 

3,250万÷78万=

42

表4.デンマークにおける長期高等教育は修士課程を含めており、国の教育負担額も多いです。修了者の教育費に対しての生涯所得額の割合は職人教育に比べ少ないです。国が職人教育を勧めている背景には長期高等教育は投資への利回りが悪いこともあるのではないかと筆者は見ています。

デンマークの教育費は生産性の高い国民の養成を図り、個人の豊かさだけではなく納税を通し安定した国民生活の基盤に繋げています。デンマークは国の借金が少なく、国家財政が黒字あるというのは繰り返しますが、全ての国民に教育費という投資を通し社会経済に貢献してもらう国策があるためだと思っています。

日本の大学も、国からの交付金を得て運営管理しています。日本の財政が厳しいことを反映し、近年交付金額が減っているようですが、」それでも国立大学への交付金は以下の通り数百億単位のお金が交付されています。

2021年における大学交付金額

   ①  東京大学 822億円    ④大阪大学 447億円

   ②  京都大学 561      ⑤九州大学 406

   ③  東北大学 458            ⑥筑波大学 396

(出典:ネット情報)

大学への交付金を「投資額」としてみた場合、これらの大学を卒業した人達の社会経済面における成果(金銭面)はどれだけ生まれているのか、納税者に知らせる義務があると思います。何故ならば、日本経済の競争力が落ちている理由の一つに大学教育を受けた人達の生産性が問われると思っているためです。因みにコペンハーゲン大学の社会貢献についてはHP原稿20230413参照してください。

    

  2.デンマークの就労者の国際競争力について

 

上記で紹介しました通り、デンマークの就労者の労働賃金は少なくとも日本の就労人口のそれに比べたら高いです。例えば、表1で紹介した通り、デンマークにおける職人教育における初年度の見習い給料は日本円で約281,000円です。この金額は日本の大卒の初任給よりも多いです。

上の図、日本の大卒と看護師の年齢別に見た月額給料の推移(進展)です。

デンマークの看護師の給料額に比べ半分以下であることが解ると思います。

 

   出典:ネット情報

 

国際経営開発研究所が発表している「世界競争力年鑑」によりますと、2024年のデンマークの競争力はシンガポール、スイスに次いで3番目になっています。デンマークの競争力は2023年のトップから順位を落としましたが、それでもデンマークの競争力はトップクラスに位置しています(参考までに日本の順位は202335位、202438位です)。デンマークの高い労働賃金は国の競争力の妨げになっていないのはなぜか、筆者は「世界競争力年鑑」の評価の根拠となる統計数値とアンケート調査による指数は見ていませんので、具体的な理由について記述しませんが、少なくともデンマークの就労者は安い労働賃金で働いていないことは言えると思います。国の在り方として、職場や労働条件に満足して就労する人達は結果として生産性を上げまた経済的余裕がデンマークの人口増にも貢献しているのではないかと思っています。

日本の少子化の原因は子供を産み育てるために必要な経済的バックが無く、長時間の労働時間が妨げになっているためが主な理由となっていると思っています。そんなことから日本の学校教育は「学歴」に重点を置くことをせず、国民の生産性のある教育に重きを置くことに改善していくことではないかと思っています。

デンマークでは再生可能エネルギーによる電力供給は電力消費量に対し81パーセントを超え、特に風力発電や太陽光発電の売電に関しては日と時間帯により売電価格はマイナスになることもあります。つまり、これらの事業主はお金を払って電気を売っている状態が何時間があります。

そのような状況からデンマークでは安い風力発電や太陽光発電の電気を利用し、電気以外の燃料を生産するための技術Power -to-X (アンモニア、エタノールなどの生産)と呼ぶ技術開発に入っています。Power -to-Xについての知識と実務を得た人材を育成するための教育の例として,

Maskinmesterskole (仮訳:機械技術学校)の講習会のチラシによりますと:

講習会日:202494日と5日、102日と3日、114日と5日の計6日間

     授業時間は9時~16

修了資格テスト:課題にもとに122日の論文の提出と1216日と172日間にわたる試験。

このように、デンマークでは時代の動きに合わせ社会が必要とする人材を常時養成し社会経済の繁栄に繋げています。

 

デンマーク、ウアンホイにて

202495

 

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