デンマーク憲法第45条1項の規定で政府は会計年度が始まる前4か月以内に、予算案を国会に提出するという決まりがあるため、去る8月31日2024年予算案を国会に提出しました。デンマークの
国家予算は日本と違い特別会計を組まない全体会計を採っているため、予算書のページは3852頁となっています。その概要について記述します。なお、2023年9月10日時点における1デンマーククローネは日本円で約21.14円です。
2024年の予算案の概要を見ますと歳入総額は9,023億4830万クローネ(約18兆9500万円)となっています。それに対し歳出総額は8,876億89万クローネ(約18.6兆円)となっています。その結果歳入から歳出を差し引いた額が146億5930万クローネ(約3078億4500万円)となり2024年も歳入増なっています。2024年度の予算案を今年2023年の予算に比べてみますと歳入額で75億5180万クローネ多く, 歳出額では535億5940万クローネ多くなっています。
デンマークの予算額は予め国会で決めた、「行政費に天井のある歳出額」、「給付金に天井を持つ歳出額」、「天井額の無い歳出額」、の3部門に分けています。国会が各省の歳出額に天井額を設けているのは、赤字財政に陥ることを制限し、また物価高(インフレーション)を防ぐためです。デンマークの黒字財政を組む背景には、過去において国民生活を維持するために膨大な国債を発行し、そのことで年10~20%という物価高を生み、それが基で、実質賃金を維持するため賃金の物価スライド制を導入、そのことで労働賃金の上昇を招き、国際競争率の低下、それによる貿易収支の赤字、その結果、国家経済の停滞を経験したことへの教訓だと思っています。デンマークの政府与野党は歳入額が豊かにもかかわらず、歳出を制限しているのは、歳出を押さえることで物価高を押さえ、国民生活の実質収入を守るためだと思っています。
予算区分中で「天井額の無い歳出額」に含まれる予算は女王費、王家の家族費、国会運営費です。これ以外の予算では歳出額に天井額を設けています。
2024年の予算書の中で最も歳出額が多い行政機関は『雇用省』で歳出総額の28.73%を占め、金額にしますと2,550億1,880万クローネとなっています。内訳で見ますと、「行政費に天井のある歳出額」として25億4110万クローネ計上し、「給付金に天井額がある歳出額」として2423億7420万クローネ計上し、さらに「天井額の無い歳出額」として101億350万クローネ計上しています。「天井額の無い歳出額」の中に含まれる行政費としては、例えば雇用対策業務費等で予測できない歳出がこの中に含まれます。
次に歳出額が大きい省は『内務省と保健省』(歳出額総額の28,27%) で金額では2,509億2190万クローネ計上しています。内訳は、「行政費に天井のある歳出額」として58億9130万クローネ計上し、「給付金に天井額がある歳出額」はゼロとなっています。その理由はこの省では給付金を取り扱っていないためです。そして、「天井額が無い歳出額」として2,450億3060万クローネ計上していますが、「天井額が無い歳出額」が多いのは国民の保健勘定を管理しているため歳出制限を設けることが出来ないためです。例えば、アルコール依存症、麻薬患者などへの治療にかかる費用は幾らお金が掛かるか解らないため、予算上での天井額を設けることが出来ないためです。デンマークではいかなる病気でも治療に掛かる諸経費は国庫負担です。
歳出額の予算で3番目に多いのは『教育及び研究省』の予算額で歳出総額予算の6.23%を占め金額では553億4420万クローネとなっています。内訳は、「行政費に天井額がある歳出額」として326億5700万クローネを計上、「給付金に天井額がある歳出額」217億3240万クローネ計上、「天井額が無い歳出額」として9億5480万クローネ計上しています。
4番目に多いのは『子供及び教育省』の予算額で総歳出予算の3.5%を占め金額では314億110万クローネとなっています。内訳は「行政費に天井額のある歳出額」として309億8740万クローネ、「給付金に天井額がある歳出額」4億810万クローネ、「天井額が無い歳出額」560万クローネ計上しています。『子供及び教育省』の歳出額の中に職業教育費が含まれていますが、2024年の予算額は3億1100万計上しています。この額はこの先2030年まで毎年増額することを国会で決めており、それによりますと、2025年の予算では7億1100クローネ、2026年8億1100万クローネそして2030年には9億1100万クローネに増やすことにしています。また2024年義務教育への予算額では3500万クローネ計上していますが、2025年のそれは1億1000万クローネに、2026年のそれは2億1000万クローネと増額し、そして2028年から毎年5億クローネの歳出予算を組んでいます。
教育費の投資は結果が出るまで時間がかかるため、2024年の予算案の段階で2030年に向けた予算規模を決めているのは生産性の高い就労人口を育成することを目標にしているためです。つまりデンマークの歳入額が歳出額に比べ多いのは国の政策として質の高い労働人口を育成するため必要なお金を使いその結果として税収入の増額を生んでいるためだと思います。教育関係予算として上記の『教育及び研究省』と『子供及び教育省』の二つの省を合わせると総歳出額の9.73%(6.23%+3.5%)となりますが、生産性の高い就労者を育成し税収入を増やすための投資だと思っています。
デンマークの人口は毎年増え、2023年7月1日付けの人口数は約600万人(5,944,145人)で、2022年1月1日の人口数に比べ約7万人増えました(70,725人)。
デンマークの人口数が増える背景には、若い人たちが将来に向けての経済的不安が無いためだと見ています。その一つは職業教育を含め全て教育にともなう費用は国庫負担であり、学生の生活費も国家が負担し、そのことで生活する上で必要なお金に心配がないためだと思います。日本では少子化対策として特別会計を組んで取り組むという報道を見たことがありますが、日本の少子化問題の根本に、子供を産み育てるための経済的余裕がないことが主な原因となっているように思っています。日本の大学卒業生の初任給額はデンマークの職業学校に学ぶ見習い給料とほぼ同じ額ですが、いかにして日本の若年層の所得を増やすか、所得を増やさない限り日本の少子化問題が改善しないと見ています。
デンマークの歳出額の中で5番目に多いのは『年金省』の予算額です。歳出総額の3.1%を占め金額では276億3560万クローネ計上しています。内訳は「行政費に天井額のある歳出額」として5160万クローネ計上し、「給付金に天井額がある歳出額」275億8400万クローネ計上しています。
2024年の国家予算の歳出額で6番目に多いのが『国防費』です。歳出総額は275億1,080万クローネ(総歳出予算の3.1%)計上しています。内訳は「行政費に天井額のある歳出額」249億2450万クローネ、「天井額が無い歳出額」25億8630万クローネ計上しています。2024年の国防費の予算額は2023年の予算額に比べ約78億8千万クローネ減らしていますが、2023年の国防費が多かった主な理由は、ロシアのウクライナ侵攻に伴いデンマークのウクライナに向けた武器弾薬などの軍需物資を供給し、救援物資などを送り込んだためと考えられます。デンマークの国防費の予算額はロシアのウクライナへ侵攻が始まる前、例えば2019年262億1200万クローネ、2020年271億8700万クローネであり、デンマークがウクライナ支援に多大なお金での支援をしていることが2024年の予算書でも読み取れます。
デンマーク政府議会は8月下旬オランダと共にNATO諸国の最初の国としてウクライナに戦闘機(F-16 型)を供与することを決め、早ければ2023年末から2025年までに19機供与することにしました。そのこともあり、ウクライナからパイロット要員を受け入れ訓練し戦闘機の整備員スタッフを受け入れています。デンマークのウクライナ支援の背景にはデンマークは過去において大国との戦争で得た厳しい経験があるためです。その一つは1864年ドイツ軍の侵攻と敗戦によって、肥沃な南ユトランド地方を失い国土面積は5万8千km2から3万9千km2に削減せざるを得なかった悲劇があり、1940年4月9日のドイツ軍の侵攻から1945年5月4日までの5年間ドイツに占領下で暮らした経験があるためです。小国が独立国として存続するためには隣接国からの支援が必要であることをデンマークの人たちは知っている。ロシア軍のウクライナ侵攻は自由に暮らしていたウクライナ人にとってどれだけ厳しいか、それを知っているためか、
デンマークは早々とウクライナ人を受け入れるための雇用法など整備し、武器弾薬など軍事物資の支援、そして復興への支援に入ったのです。この国の政策に対し国民はどう思っているか、デンマーク人の国防費が多いか少ないかを問った世論調査の結果が図1です。
図1.デンマーク人の国が国防にお金を使い過ぎているか否かの世論調査の結果が左の図です。
図1で見る通り2011年頃の世論調査で国防にお金を使い過ぎていると答えた人の割合は約55パーセントでした。それが2022年の世論調査においては国防費が「少ない」と答えた人の割合は約43%に増えました。
ソビエトのウクライナ侵攻の影響だと思えます。青棒線:国防にお金を使い過ぎる。灰色:国防費は少な過ぎ。
Kilde: Kristeligt dagblad tirsdag den 5. september 2023
2024年の予算の中で7番目に歳出額が多いのは『運輸省』で総歳出総額の2.7%、金額で239億1290万クローネです。内訳は「行政費に天井額のある歳出額」82億3510万クローネ、「歳出額に制限無し歳出額」156億7780万クローネ。8番目が『法務省』で2.5%、金額で223億7350万クローネです。内訳は「行政費に天井額のある歳出額」220億5130万クローネで、「給付金に天井額のある歳出額」3億2220万クローネです、9番目が『金融省』で2.4%、金額で221億4百万クローネで、全て行政費に天井額を設けた歳出になっています。そして10番目に歳出額が多いのは『外務省』で歳出総額の2.4%、金額で218億6940万クローネ計上していますが、全て行政費に天井を設けた歳出額になっています。2024年の予算で歳出額が多い順から10番目までの歳出額は7380億9200万クローネで、歳出総額の83.15%になっています。
図2は日本の歳入額の内訳ですが、デンマークの人口数に比べ日本の人口は約20倍以上も多く、日本の借金を除く総歳入額は110.3兆円―39.6兆円からして70.7兆円です。デンマークとの人口比で歳入額を見ると僅か3.74倍多いに過ぎない(70.7/18.9)ことが解ります。歳入額を増やす手段は教育費を増やし、食糧とエネルギー消費の自給をはかるための投資にお金を使うことことだと思っています。
デンマーク・ウアンホイにて
ケンジ ステファン スズキ