(地図はネットからのコピー)
グリーンランドの面積は216 万6千平方キロメートルで日本の国土面積の約5.7倍です。人口数は2025年1月1日付けで56,542人。一人当たりのGNP(2021年)は57,100米ドル。
グリーンランドの公用語はグリーンランド語ですが、デンマーク語も使っています。
首都はNuukヌーク(*) ** アメリカの空軍基地所在地 現:Pituffik Space baseで以前はThule Air base と呼ばれていた 。
① グリーランド島の歴史と財政:
最初にグリーンランド島に渡った人は西暦982年でノールウエーとアイスランドのバイキング王、赤毛のエアリック(Erik den Røde)という人です。そして3年後の985年に彼はアイスランドから約500人を引き連れグリーンランドに移住したと語られています。エアリック王の息子「幸せなライフ」(Leif den Lykkelige)は西暦1000年頃からグリーランド住民にキリスト教を布教しその活動の一環として教会を設立しました。そのこともあって多くの人達はキリスト教信者となりました。1721年、デンマークとノールウエーの牧師ハンス・エイゲ(Hans Egede)がグリーンランドに着任し、キリスト教の布教に努めました。ハンス・エンゲが定住したのはグリーンランドの西側に所在した希望の島(Håbets Ø)とよばれた場所ですが、そこからデンマークの植民地が始まりました。1728年、ハンスはGodthåbに移動しそこがデンマークのグリーンランドの植民地全体の統括地になりました。そしてデンマーク語で呼んでいた地名ゴット・ホープ(Godthåb)は自治領になった1979年からグリーンランド語でヌーク(Nuuk)と呼ばれるようになり今日のグリーランドの首都になりました。
1921年デンマーク政府議会はアメリカ政府の承認を得、グリーランド全域をデンマーク領としました。何故アメリカの承認が必要であったのか、理由はグリーンランド島は北米大陸棚に属していたためと言われています。デンマーク領になったグリーランド島領域に関し、東側はノルウェー領であるというノルウェー政府の申し立てに対し、1933年オランダのハーグ所在する国際裁判所は「グリーンランド島全領域」はデンマーク領であると認定しました。1953年グリーランドはデンマークの植民地となり、アムト(Amt*)行政機関に格付けされました(*アムトは日本の都道府県に該当する行政区でしたが、2007年1月1日の行政改革でデンマーク全体の14ヵ所のアムト行政が廃止され、代わりに5つの州行政区に改革、同時に271の市町村は98市町村に統合された)。
アムト行政区に格付けされたグリーランド人はデンマーク国籍を得ると共に旅券もデンマーク政府が発行することになりました。1979年にグリーランドはデンマークの行政から独立し、議会を持つ自治領となりました。2008年、グリーンランド人による自治権に関する選挙が実施され、75パーセントが自治権賛成となり、国防と外交を除き2009年6月21日からグリーンランド住民による自治領となりました。そして今日グリーランド人は独立国家の構築に向けた行動に移っています。その中でアメリカのトランプ大統領が狙うグリーンランドの資源の活用に向けた投資がありますが、グリーンランドの地下資源はグリーンランド人の資源と見做し(*)、地下資源の見返りに合わせデンマークからの地方交付税額は調整が検討されています。現在、デンマーク政府議会からグリーンランドに支給されている一般行政費への補助金額は毎年41億クローネ、それとは別に法務関係費(警察、裁判所、刑務所など運営管理費への助成金として)への補助金として毎年15億クローネ支給されています。もしグリーランド人が独立国家を選択した場合、デンマークが支援している行政費への補助金額計56億クローネ(日本円で約1,200億円、グリーンランド人一人当たり約2百万円の助成金)が消滅されることを考えると、漁業が唯一の貿易による収入源である人口6万人に満たないグリーンランド住民には厳しい経済状態になるものと筆者は推察しています。それだけに、グリーンランドが独立国家になるまでには、まだ暫く時間がかかると筆者が見ています。(*) グリーンランドの地下資源は金、プラチナ、チタン、リン、ジルコニュム、氷晶石など多種にわたる。
② 政党・議員数について
グリーンランドの議会議員選出選挙は1979年に自治領となってから今年2025年3月11日の選挙で15回目となりました。通常の選挙は4年に一度ですが、この間1983年と1984年それに2013年と2014年と二年続けての選挙もありました。選出する議会議員数は31名です。2025年3月11日の政党別に見た選出議員数及び代表者名は以下表の通りです。今年の選挙の主なテーマはグリーンランドの「独立」でした。
表1.グリーランド議会議員選出選挙の結果、選挙日2025年3月11日とその後の内閣決議での与野党区分について
政党名 | 議員数 | 政党代表者名 | 内閣 |
Demokraatit | 10 | Jens-Frederik Nielsen | 与党 |
Naleraq |
8 |
Pele Broberg | 野党 |
Inuit | 7 | Mute B. Egede | 与党 |
Siumut | 4 | Erik Jensen | 与党 |
Attassut | 2 | Aqqalu. C. Jevimiassen | 与党 |
Qulleq | 0 | Karl Llngemann | 与党 |
31 |
(Kilde: internet)
グリーランドの議会名はグリーンランド語でNaalakkersuisutと呼ばれ、内閣は全議員数31名の内23名で占める4党による連立政権となりました。代表(内閣総理大臣)は最大政党Demokraatit の党首であるJens-Frederik Nielsen氏が選ばれました。
③ アメリカのトランプ大統領のグリーンランド統治について
トランプ大統領は選挙前からアメリカの国防と世界の平和を守るため、グリーンランドを買い取り、統治することを国内外に告発しています。それに対しグリーンランドの住民もデンマークもグリーンランドは売り物ではないと反発し、トランプ大統領のグリーンランドの主権と国民を無視した発言に不快を現わしています。トランプ大統領が就任するまでのデンマークとアメリカの外交策は長い間信頼の上に立って進められてきました。その事について少し長くなりますが、加筆します。
第二次大戦中にグリーンランドには幾つもの米軍基地が建設されました。アメリカ政府との間にグリーランドに米軍基地建設協定を結んだ人は在ワシントン・デンマーク公使を務めたヘンリック・カウフマン(Henrik von Kaufffmann, 1888年~1963年)という外交官です。デンマークは1940年4月9日未明、ドイツ軍の侵攻を受け、デンマーク国王及び政府は勝ち目のない戦いに抵抗し国土の破損を招くことを避けるため占領を受け入れました。ドイツ軍による占領の通報を本国から受けたカウフマンは、アメリカ政府にデンマークの国王と政府はドイツ政府によって行動の自由を奪われたことを伝える一方で、自分は「自由なデンマーク」の政府から派遣された外交官であり、今後もその自由なデンマーク政府の代表として任務を続けることを伝えました。アメリカ政府はカウフマンの「独立と自由なデンマーク」の外交策を受け入れ、支援することにしました。カウフマンは本国からの許可を得ることなく、デンマークが統治していたグリーンランドに北米の防衛をかねたアメリカ軍による基地の建設を提案し、アメリカ政府との間に「グリーンランド協定」を結びました。この協定の背景に、ナチスドイツ軍がアイスランドとグリーンランドに侵攻しそこを拠点として北米に攻撃を仕掛けるのではないかというカウフマンの懸念があったためと語られています。カウフマンの提案を受け入れたアメリカ政府は1941年4月9日グリーンランドを北米の防衛地に決め、同じ年の夏グリーランドの西部のナサスワック(Narssarssuaq)と最南端のスノーストロムヒョー(Søndre Strømfjord)に大規模な空軍基地を建設し、東部海岸線に小規模の空軍基地を建設した他、グリーンランド各地にラジオと気象台を兼ねた通信所を設置しました。グリーンランドの各地に基地を確保したアメリカ軍はヨーロッパに確実に早く到着できることになり、また北大西洋に出没するドイツの潜水艦への監視が出来るようになりました。アメリカ政府が1945年の終戦までにグリーンランドに建設した各種の軍事関係施設は17か所、駐在兵1000人とも語られていました。本国の許可なくアメリカ政府との間で「グリーランド協定」を結んだ外交官カウフマンは「売国者」と呼ばれ、帰国命令がでました。彼は帰国せず、アメリカに留まり、職務を遂行しました。アメリカ政府はカウフマンをデンマークの代表として受け入れ、1942年1月1日「対ドイツ交戦26カ国共同協定書」にデンマーク代表として、アメリカの大統領ルーズ・ベルトやイギリスの首相チャーチルと共にカウフマンは署名しました。これに先立ち、1941年12月アメリカ政府はドイツに宣戦布告し、このことでドイツの占領下にあった在デンマーク・アメリカ大使館は閉鎖され、この後のアメリカ政府とデンマークとの外交の窓口はカウフマンを全権した在ワシントン・デンマーク公使館が受けもつことになりました。デンマークがドイツの占領から解放されたのは1945年5月5日です。そして1949年4月4日ソ連の脅威から民主主義と自由を守る集団防衛と危機管理などのためアメリカ、カナダ、デンマークなどの国々12か国*が北大西洋条約機構(NATO)への協定を結びました。その防衛上の策として1952年グリーランドの西北部に所在するチュール(Thule)にアメリカの空軍基地が建設されました。同空軍基地は2023年からPituffi Space Baseと呼ばれ現在約200名ほどの米兵関係者が駐在していると言われています。*Nato 12か国とは、デンマーク、ベルギー、カナダ、フランス、オランダ、アイスランド、イタリア、ルクセンブルグ、ノルウェー、ポルトガル、イギリス、そしてアメリカ。
④ トランプ大統領のグリーランドの併合・統治の発言に思う
トランプ大統領はデンマーク政府はグリーンランド住民のために何もしていない、世界の平和を維持するためデンマークに代わりアメリカがグリーンランドを併合し統治する必要であると語っています。筆者は思うにデンマークとアメリカの軍事協定で、アメリカ人はグリーンランドの米軍基地に自由に出入りできることになっています。にも拘わらす、第二次大戦中に建設した防衛関係施設の維持管理は殆どせず、残っている基地は1952年に建設したチュール空軍基地のみです。トランプ大統領が望むグリーンランド併合し、統治するのは国家防衛上の理由であれば、デンマーク政府の許可なくPituffi Space Base基地の拡張や補強工事は出来たはずです。それをトランプ大統領が語らないのはグリーンランド併合し、統治することでグリーンランドの資源を自己の利益に繋げたいのが本音だと思うのです。
デンマークがグリーンランドの防御から手を抜いたのは、第二次大戦後グリーンランドの国防に余分はお金を使う必要がなかった、デンマーク以外の人たちもお互いの国土を守り平和に暮らし無駄な国防費を使うことよりも国民生活の充実にお金を使うことにしてきたのです。その平和で自由な生活で暮らしていたウクライナに2022年2月24日ソ連軍が侵攻し今日の破壊と不安な国際社会を導いた。それに対し自由で民主主義国家と呼ばている国々はソ連の破壊行動を押さええるため、ウクライナに資金と物資を供給し続けているのです。にも拘わらず、トランプ大統領はウクライナを守ることよりも、出来るだけ早くソ連とウクライナの戦争を終わらせ、ウクライナの資源を利用し復興工事の主導権を握り、自己の利益に結び付けることしか考えていないように見えます。
長年デンマーク及びヨーロッパの国々が国防から手を抜いているということについては、ロシアのウクライナのへの侵攻が無ければ、国防にお金をかける必要はなかった為に過ぎないと筆者は思っています。それだけに今ウクライナの人たちが困難な状況で暮らしている原因を作ったのはロシアであり、西ヨーロッパの人達を不安に追い込んでいるのもロシアである。このことについてトランプ大統領は語っていない、何故か、大統領という権限とアメリカの軍事と経済力を最大に利用し、自己の利益を得るための手段としてロシアのウクライナ仲裁に介入している。そのようなお金と権力を持つことにしか興味のない人物に対しどのような対応をしたら良いのか、ごく普通のデンマーク人が取っているアメリカへのボイコットだろうか。幸い筆者はトランプ大統領やプーチン大統領のような不可解な理屈で政治を行う人達への理解者は殆どいないデンマーク社会に住んでいる。何れにせよ、ソ連の軍事行動を押さえない限り、この先数年内に西洋諸国や北欧の平和が守れないとなること予測し、且つトランプ大統領が指導するアメリカ政府の支援が得られないことを見込み、国防に巨大な投資をすることをEU諸国が決めた(**)。このことで、この先、EU諸国内に沢山の軍事産業に関わる企業が出ることが見込まれデンマークでも150社以上の事業団体が武器・弾薬などの製造にかかわるという噂がでている。デンマーク経済は豊で軍事費の調達は容易であるだけに軍事産業の活性化と共にこの先、デンマーク含め欧州の経済成長が著しく伸びるものと見ている。
(**) EU諸国が決めた向こう4年間の防衛予算額は6万億クローネ(日本円
で約125兆円)(了)
デンマーク ウアンホイにて
2025年4月5日
ケンジ ステファン スズキ